五月原清隆のブログハラスメント

これからは、セクハラでもない。パワハラでもない。ブロハラです。

スカイマークの自縄自縛

 もう1つだけ航空ネタを重ねておきます。

○2006年2月 普通運賃を大幅値下げ!
羽田−福岡 16,500円、羽田−札幌 16,000円など新運賃概要を決定!

http://www.skymark.co.jp/company/press051102.html

 神戸空港の開港を前にして、以前書いた記事で取り上げた普通運賃値下げが漸く具体的に発表されたという事ですね。これまた以前の記事で指摘した「15,000円以下」という運賃水準には些か及びませんでしたが、かなり頑張った方であると言えましょう。
 しかし、折角スカイマークが自信を持って発表したこの普通運賃、とんだ所で霞んでしまいました。それは、ADOやSNAなど新規航空会社の攻勢でもなければ、JALやANAなど大手航空会社の反撃でもなく、スカイマーク自身が発表したバーゲン運賃によるものです。5,000円という破格値が、大手航空会社の運賃だけでなく、スカイマーク自身の普通運賃までをも高価なものというイメージにしてしまったのです。
 もし、スカイマークがバーゲン運賃も前割7も設定する事なく、来年2月以降は普通運賃一本で行くと言い切れば、羽田=福岡が16,500円という運賃のインパクトは非常に強いものがありました。何せ、ワンプライスで16,500円という事になれば、従来の普通運賃から見て大幅に安くなるだけでなく、スカイマークの運賃体系そのものが非常に明瞭かつ公明正大となり、消費者に対する訴求力は飛躍的に高まります。1日に僅か3往復しかなかった当時のスカイマークならいざ知らず、福岡線にしろ札幌線にしろ10往復以上の大所帯となったスカイマークに16,000円前後という普通運賃で攻められては、さしものJALやANAも太刀打ちする事は出来なかったでしょう。精々、早朝便や深夜便の特定便割引を16,000円に値下げするくらいが関の山です。
 ところが、ここに5,000円というバーゲン運賃が入ってくると話は別です。こんな運賃を発表してしまうと、消費者の目は、16,500円という普通運賃ではなく、5,000円というバーゲン運賃に向かってしまいます。縦令16,500円という普通運賃そのものは十分に安くても、5,000円という運賃から比較すると3倍以上の高値になってしまいます。スカイマークは、5,000円というバーゲン運賃を発表する事によって消費者の注目を集めたかったのでしょうが、そうして集めた消費者の目は、皮肉にも自社内での運賃格差をよりクローズアップしてしまう事になったのです。今後、スカイマークが必死になって「普通運賃も他社より安い」と喧伝したところで、自社内での運賃格差ほどには注目されない事でしょう。



 こうした自縄自縛が発生するのは、スカイマーク自身が低価格路線に自信を持っていないからです。もし、スカイマークが16,500円という普通運賃に絶対的な自信を持つ事が出来れば、わざわざ5,000円などというバーゲン運賃で消費者の注目を集めなくても、最初から普通運賃一本に絞った広告戦略を採る事が出来たでしょう。それを憚ってしまったのは、スカイマーク自身に格安運賃へのスケベ心があったからであり、その根底には、スカイマークも他社の例に漏れず割引運賃という依存性薬物に冒されているという問題があります。
 以前も書きましたが、割引運賃というのはアルコールや覚醒剤と同じ依存性薬物であり、その割引率が高ければ高いほど、中毒性は高くなります。勿論、アルコールやモルヒネに消毒や麻酔などの効果があるように、割引運賃という薬物も、適切な利用さえすれば、寧ろ航空会社の収益改善に貢献する事があります。しかし、普通運賃の存在を霞ませるが如く割引運賃ばかりを乱売し、剰えそれが運賃相場であるかのように思わせる営業戦略は、徒に航空会社の利益率を悪化させるだけでなく、消費者にとっても「普通運賃はボッタクリだ」というイメージを植え付ける事になってしまいます。全路線・全便での総合的な収益を考えなければならない航空会社とは異なり、消費者にとっては「自分が乗りたい時に安く乗れればそれでいい」のであり、その時に利用できる運賃の高低こそが、消費者における航空会社の運賃相場として捉えられてしまうのです。
 例えば、JAL・ANAの場合、東京=福岡の通常期大人普通運賃は31,700円ですが、実際にこの運賃を支払う乗客は殆どいないでしょう。ビジネス客でさえ回数券か特定便割引でしょうし、観光客ともなればバーゲン型運賃や包括旅行割引運賃の利用が大半です。私用旅行客が支払う運賃は精々12,700円程度が上限であり、これ以上の運賃となると、途端に割高感が強くなってしまいます。これは、旅行会社向けに格安で座席を卸売りしたり、1999年の航空自由化で次々と割引率50%を超える運賃を導入したりしたツケというべきものであり、大手航空会社の利益率が低くなっている要因ともなっています。
 この、一種のアル中或いはシャブ中とも言うべき状態から脱け出すには、割引運賃の乱発で不明瞭になった運賃体系を一度リセットし、普通運賃での利用を前提としたシンプルな運賃体系に回帰する必要があります。しかし、この5年間で既に消費者はバーゲンフェアや超割といった運賃が当たり前のものという認識になってしまっていますから、2万円以上もする普通運賃への拒否反応は非常に強いものがあるでしょう。そういう意味では、航空会社だけでなく、大手航空会社の利用客も同時にアル中或いはシャブ中となっていると言うべきです。

 実は、この点において、日本の鉄道、特に東海道新幹線は、非常に有利な運賃体系となっています。何せ、国鉄時代に運賃水準を上げられるだけ上げてしまったものですから、JR化後に殆ど運賃の値上げをしなくて済んでしまいました。しかも、新幹線の利用客は普通運賃客が殆どですし、回数券やエクスプレス予約にしても、その割引率はたかが知れています。それ故、JR東海は普通運賃での収入を基本に営業戦略を立てる事ができ、消費者にも「新幹線は普通運賃で乗るもの」というイメージが非常に強く根付いています。東海道新幹線の収益力が高い理由は、鉄道そのものの運行コストが安い事や、東京=大阪の移動需要が世界でも稀に見るほど多い事だけではなく、普通運賃での利用を完全に一般化させた事にもあるのです。
 スカイマークが「第二の創業」によって目指すビジネスモデルには、東海道新幹線の影響も少なからず入っている事でしょう。普通運賃を中心とした運賃体系にしろ、一切の機内サービスを簡素化した徹底的なノンフリル化にしろ、東海道新幹線が得意としてきた分野であり、同時に航空会社が目指しても目指しきれなかった境地でもあります。移動需要の年較差や、総移動需要に占めるビジネス需要の割合など、航空が鉄道に対して不利となる部分は幾つかありますが、それでもスカイマークの幹線指向は、比較的年間を通じて安定したビジネス需要を確保するには有利な戦略であるというべきです。
 となれば、スカイマークの明暗は、スカイマーク自身がどれだけ「第二の創業」を信じ切れるかに懸かってきます。ノンフリル・明朗運賃というシンプリフィケーションを鉄壁にすれば、JALもANAもスカイマークを潰しに来る事はなくなるでしょうし、消費者に対してもスカイマークのブランドイメージが非常に明快に伝わる事になります。しかし、少しでもスカイマーク自身がシンプリフィケーション路線に疑念を持ち、機内サービスやバーゲン運賃へのスケベ心を見せるような事があれば、JALもANAもその隙を徹底的に突き崩しに掛かってきます。所詮、スカイマークは創業から10年も経っていない「ヒヨッ子」なのですから、JALやANAと消耗戦をやっても勝てる道理などありません。一足早く航空自由化による消耗戦から離脱するんですから、あとはその選択を信じ切るしかないのです。
 弱気は最大の敵、この言葉を、今のスカイマークに捧げます。
もう一度、投げたかった―炎のストッパー津田恒美最後の闘い (幻冬舎文庫)

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 スカイマークの将来に、幸あらん事を。