五月原清隆のブログハラスメント

これからは、セクハラでもない。パワハラでもない。ブロハラです。

JAL逆推力装置不作動に見る2007年問題の始まり

 それにしても、今回のミスで気になったのは、JALの作業体制です。

○7月24日JL1001便 新千歳空港着陸時の逆推力装置不作動について

http://www.jal.com/ja/other/info2005_0726.html

 ここに、対応策として、以下の4点が記されています。

  1. 格納庫出入り時の作業指示書を改定し、安全ロックピンがすべて抜けていることを必ず現認するよう記載。
  2. 重要周知事項として、全ての整備関係者に対し、当該状況及び問題点を周知。
  3. ヒューマンファクター分析手法(MEDA)を使用した、更なる再発防止策の立案。
  4. 委託先管理の徹底。

 本来、この種の現認作業は全て作業指示書に記載されているべきものですし、もっと言うならば現認作業のチェックリストは当然にして備わっているべきです。たとえチェックリストがあったとしてもチェック漏れを起こすのが人間というものなのですから、経験や常識だけに頼ったチェックなど完遂されるはずもありません。よくぞ今までこの種のミスが表沙汰にならなかったものですが、それは「どの段階で何をすべきか」という事を理解している人間がいたからでしょう。そして、半ば口伝のような形で、整備上のノウハウとして暗黙のチェックリストが伝わってきたのでしょう。そうした暗黙のチェックリストの伝達が途絶えてしまうと、このようなミスが起こるのでしょう。
 私は、今回のミスは一種の2007年問題ではないかと見ています。航空機に限らず、運輸業というものはヒューマンリソースの寄せ合わせです。特に、航空や船舶は人力のオバケとでも言うべき業種で、航空機1機、船舶1隻を運航するに当たっても、運航乗務員や地上職員を始め、数多くの人員が携わっています。そして、ヒューマンリソースが多くなればなるほど、オペレーションにおける文書化されていないファクターが増えてくるものです。
 これがコンピュータを用いた情報システムであれば、大抵はシステムやプログラムの仕様書が存在しますし、最悪でもプログラムを直接解析すれば処理仕様だけは*1分かります。プログラムなんてのは、思った通りではなく、作った通りにしか動きませんから、コンピュータはプログラムに書かれている事を忠実にこなすだけです。それ以上の事もそれ以下の事も一切しません。そういう意味で、コンピュータのやる事というのは、ある意味ガラス張りなのです。
 しかし、ヒューマンリソースを積み重ねたシステムとなると、こうは行きません。日頃の業務が全て文書化されている事を望むのは先ず不可能ですし、文書化されたとしても行間に埋もれてしまうオペレーションが数多く出てきます。経験や勘に頼る部分なんてのは、特に文書化から漏れてしまう危険性が高いものです。その次に漏れやすいのが、「このくらいは文書化しなくても誰でも分かるだろう」という「常識」です。今回の安全ロックピンの抜き取りは、この「常識」に相当します。
 現在、様々な業界において、これらの経験や常識を明確化し、未熟者でも支障なく業務に携われるよう、オペレーションの自動化や機械化、或いは文書化や標準化というものが行われています。運輸業においても、鉄道は比較的この種の自動化・標準化が進んでいますが、航空においてはヒューマンファクターの多さ故に鉄道ほど自動化・標準化は進んでなく、その裏返しとして日常業務における経験や常識への依存度が高くなっています。ある程度物的なものが揃っているコンピュータシステムですら、その移行には大きな手間が掛かるのですから、経験や常識の移行ともなれば、その経験や常識を洗い出すだけでも一苦労です。
 業務やシステムが小規模であったり、或いはオペレーションに係る人的ブラックボックスの担保がある内なら、まだ経験や常識に頼った業務というのも通用するでしょう。しかし、これからの時代、業務もシステムも肥大化する一方で、人的ブラックボックスを抱える世代はどんどん引退して行きます。オペレーションの自動化・標準化は、現行業務を維持していく上で避けては通れないクリティカルパスなのです。ましてや、JALは旧JALと旧JASとの合併によるヒューマンファクターでの齟齬を抱えているのですから、オペレーションの自動化・標準化は緊急の課題でしょう。最近、JALの不祥事が目立つのは、このオペレーションの自動化・標準化の遅れと大きな関係があるのではないでしょうか。
 人間というものは、言われた事以上の事を自分で考えてこなす事もあれば、言われた事に当然含まれるであろう事を平気で落としてしまう事もあるのです。少なくとも、決して落としてはならない事については、オペレーションの自動化・標準化に全力を注ぐべきでしょう。これからの5年間で、どれだけ人的ブラックボックスとなっている部分をオープンに出来るかで、今後のJALの不祥事発生率は大きく変わる事でしょう。

*1:設計思想ともなると、概要設計書の類がないと一切分かりません。さもなくば、設計者・開発者に直接問い合わせるかです。この問い合わせる相手がいなくなるのが、2007年問題の典型的事例です。