五月原清隆のブログハラスメント

これからは、セクハラでもない。パワハラでもない。ブロハラです。

P2Pユーザーが「違法」な交換に走る動機

 そんな分かり難い音楽配信サービスのファイルフォーマットですが、そんな規格乱立の論拠として、大手レーベルが揃って口にするのが「違法コピー」の存在です。その中には、P2Pによるダウンロードでの入手は勿論、個人として楽しむ為に購入・レンタルしたCDからのリッピングも含まれます。或いは、カーオーディオなどでの視聴用に音楽用CD−Rへコピーする事や、友人宅などで仲間内で聴く為にCDを持ち出す事すら、大手レーベルにとっては目の敵にされてしまうのです。
 ここまで来ると、著作権保護云々ではなく、単に大手レーベルの売り上げを減らすような如何なる要因をも「違法」の枠組みに押し付けているような感すらします。P2Pやリッピングならいざ知らず、音楽用CD−Rはデッキもメディアも私的録音補償金を払っているのに、CCCDやbitmusicからはコピーする事が出来ないのです。これでは、何の為の私的録音補償金なのか、分かったものではありません。
 では、P2Pユーザーは、どうして「違法」な交換に走るのでしょうか。私が考える理由は、次の5つです。

  1. 対価を支払わずに楽曲を手に入れたい
  2. CDを買いに行くのが面倒臭い
  3. 欲しいCDが売られていない
  4. CDからのコピーが出来なくなった
  5. フルコーラスでの試聴をしたい

 これらの動機は、P2Pと音楽配信サービスとを比較する上で、その検討を避けては通れないものです。以下、それぞれのアプローチから、P2Pユーザーの心理を分析してみます。


○1.対価を支払わずに楽曲を手に入れたい

 これが、最も単純な動機です。それと同時に、P2Pでの「違法コピー」が批判される最も大きな理由でもあります。P2Pでの「違法」なファイル交換を取り締まり、楽曲に対する「正当な対価」を支払わせようというのは、傍から見ていても一理あります。しかし、この「泥棒」或いは「フリーライダー」を考える際には、更にその動機を細かく二分する必要があります。先日の関門通信ではありませんが、「消極的フリーライダー」と「積極的フリーライダー」との2類型が存在するのです。
 一つは、「消極的フリーライダー」ですが、これは「フリーライダー」の中でも特に単純な動機です。純粋にCD代をケチっているだけであり、昨今流行の「デジタル万引き」とその根底は変わりません。それだけに、P2Pの取り締まり・撲滅による効果が最も大きいユーザー層でもあり、真っ先にP2Pから離れるユーザーでもあります。P2Pユーザーの典型例として見られるからか、大手レーベルが「違法コピー」を云々する時に真っ先に念頭に置かれるのもこのユーザー層であり、ここさえ撲滅すれば「正当な対価」が得られるものと信じられています。
 もう一つは、「積極的フリーライダー」ですが、これは大手レーベルに対する一種の不買運動です。その中で、最も大きな不買運動の火種は、後述する別件の理由でも触れますが、CCCDの存在です。CCCDなどという偽銀盤によって、多くのリスナー(或いはアーティスト)が泣かされてきたのは、私がここで書くまでもありません。CCCDによって泣かされたユーザーの怒りは、その殆どが大手レーベルの体質へと向かいました。そして、CCCDへの移行と同時代的に普及したP2Pが、その怒りの捌け口として不買運動の一環を担ったという事は、P2Pの普及・拡大を考える上で、忘れてはならないでしょう。こうしたユーザー層をP2Pから音楽配信サービスへと誘導するには、大手レーベルのCCCDに対する総括、或いは大手レーベルの体質そのものに対する真摯な反省を示す事なしには、到底実現はあり得ないでしょう。

 なお、勘違いする人が多いので注意しておきますが、CCCD登場の背景にあったものは、P2Pよりも寧ろCD−Rです。CCCD第1号は、2002年3月13日に発売されたBoAの「Every Heart -ミンナノキモチ-」ですが、この当時、P2Pはクライアントもインフラも殆ど普及していませんでした。というのも、当時は漸くADSLの普及が始まったばかりで、未だ大多数の家庭ではダイヤルアップ接続が一般的でした。ISDNからADSLへの切り替えを申し込んでも、その工事は2ヶ月待ち・3ヶ月待ちが普通で、Yahoo!BBに至っては半年以上待たされるなんて事もあり、社会問題にすらなりました。こんな状況下において、MP3ですらブロードバンド環境を要求するようなP2Pが音楽市場を脅かすほどになっていたとは、到底考えられません。寧ろ、一足早く普及したCD−Rやリッピングの影響、或いは小室哲哉を始めとしたマスプロ音楽からのユーザー離れなどが、大手レーベルにCCCD導入を急がせた要因であると考えるべきでしょう。
 そういう意味で、エイベックス・ネットワークスの荒木隆司社長へのインタビューは、興味深いものがあります。

○【インタビュー】音楽配信への楽曲提供は自然な流れ、2008年には市場の3割が音楽配信

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20050912/220987/

 この中で、特に注目すべきはこの部分です。

 150円とか200円とか安さばかりが引き合いに出されますが、一番安いのはレンタルですから。10曲入りのアルバムを300円で借りたら1曲30円の計算になったりする。販売開始からちょっと待てばすぐレンタルで出回りますよね。だから、安いマーケットという観点からすると、日本は実はアメリカより安いんですよ。音楽配信が始まる前からね。

 この1節からして、エイベックスが本当に敵視していたものが何であるかは一目瞭然でしょう。CCCDが、PCは勿論、CD−RやDAPへの転送すら拒絶したのは、こういう背景があるからです。結局、iPodネットワークウォークマンなど、DAP市場が目立って拡大するに連れ、エイベックスは事実上の敗北宣言をせざるを得なくなったのですが。昨今、エイベックスが音楽配信サービスに積極的に注力しているのは、CCCD時代の反動なのでしょう。

○2.CDを買いに行くのが面倒臭い

 これは、1の動機と似通っている部分もありますが、1のケチっている対価が楽曲そのものであるのに対して、このユーザー層がケチっている対価は楽曲を手に入れる手間です。それ故、適切な音楽配信サービスのインフラさえ構築できれば、ある意味1よりも簡単にP2Pから音楽配信サービスへと誘導する事が出来ます。逆に言えば、七面倒な購入手続きが必要な音楽配信サービスでは、とてもこのユーザー層を取り込む事は出来ないという事です。
 当然の事ながら、このユーザー層を音楽配信サービスに取り込む為には、購入手続きだけでなく、配信する音楽ファイルの使いやすさも重要になります。折角簡単に楽曲を購入できても、それによって入手できた音楽ファイルを再生する為の手続きが七面倒だという事になれば、やはりP2Pに舞い戻ってしまいます。MAGIQLIP2のような専用再生ソフトをダウンロードさせるなど以ての外、CCCDのように再生ソフトを自動インストールするのも余り歓迎されないでしょう。CD−DAやMP3のユニバーサルさに匹敵するような再生環境の提供が、このユーザー層を音楽配信サービスに取り込むキーポイントになのです。
 なお、「ユニバーサルなフォーマットで配信すると、そのままP2Pコミュニティに流出してしまわないか?」という危惧はありますが、このユーザー層に関する限り、この危惧は杞憂に終わります。このユーザー層は、Amazonセブンドリーム・ドットコムでCDを買う事すら面倒臭がるほど、恐ろしく物臭で自己中心的な連中です。そんなジコ虫が、わざわざ他人の為にCD−Rへの焼き付けやP2Pへの公開をするなど、凡そ考えられません。このユーザー層は、単に自分が楽曲を簡便に入手できればそれでいいのであり、P2Pコミュニティにおいて、このユーザー層は限りなくDOMに近い存在なのです。

○3.欲しいCDが売られていない

 これは、若干2とユーザー層が重複します。2と違うのは、このユーザー層は取り敢えず市中のCDショップやAmazonなどのオンライン通販サイトまでは出向くという点です。しかし、CDショップやAmazonに行っても欲しいCDの在庫がなく、新譜から廃盤まで何でも出回るP2Pに頼ってしまうのです。新譜であれば、予約しておけばその内手に入りますが、廃盤ともなると、足を棒にして中古CDショップを回るしかなくなります。
 このユーザー層をP2Pから音楽配信サービスへと誘導するには、一にも二にも楽曲の充実です。折角、在庫や原価という概念なしにどんな楽曲でも即時配信出来るのですから、ラインナップも販売チャンネルも多くするに越した事はありません。極端な話、商売を拡げれば拡げるほど、売り上げも利益も多くなるのです。
 そういう意味で、レーベルゲートに出資しているキングレコードiTunes Music Storeに楽曲を提供する事を決定したのは、当然の流れでしょう。

キングレコードiTunes Music Storeに楽曲提供を決定

http://nikkeibp.jp/wcs/j/comp/397504

 iTunes Music Storeは、音楽配信サービスの中では最大手とも呼べる存在で、今回サービスを停止したWinMXに比肩するほどのユーザー数を誇っています。

○『WinMX』に次ぎ、『iTunes』が2位

http://hotwired.goo.ne.jp/news/business/story/20050608106.html

 先掲ニュースソースにある通り、エイベックスはコペ転でiTunes Music Storeへの楽曲提供に踏み切っていますし、東芝EMIやソニー・ミュージックエンタテインメントも徐々にiTunes Music Storeでの楽曲提供へと向かいつつあります。
 しかし、一方ではこんな話もあるようです。

iTMSとの契約更新を渋るレコード会社

http://plusd.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0509/02/news076.html

 ケチな権利意識が却って自分の首を絞めるという事に、いい加減大手レーベルも気付かないものですかね。Appleの言い値で楽曲を提供しても、大手レーベルにはある程度の実入りがありますが、iTunes Music Storeへの楽曲提供をしなければ、iTunes Music Storeから得られる大手レーベルの実入りはゼロです。まぁ、著作権と心中するというのも、ある意味大手レーベルらしくていいかも知れませんね。

○4.CDからのコピーが出来なくなった

 これは、1と重複する部分もありますが、対価云々ではなく、純粋にCDからのコピーが出来なくて困っているユーザー層です。例えば、カーオーディオ用にCD−Rを車内に常置するユーザーや、PC・CD−R・DAPなどで自分だけのベスト盤を作成するユーザーなどです。そして、言うまでもなく、このユーザー層をP2Pへと走らせたのが、CCCDなる偽銀盤です。
 しかし、大手レーベルやその総元締めの日本レコード協会には、こうした純粋な私的複製の需要すら理解できないらしく、ファイル交換ソフトの利用実態について見当違いなコメントを出しています。

○145万人が7,500万の音楽ファイルを交換

http://www.watch.impress.co.jp/internet/www/article/2002/0529/riaj.htm

 ここで噴飯ものなのは、

 ダウンロードされた音楽ファイル件数を、CD購入経験の有無別に分析してみた結果、購入者が平均58件なのに対して、未購入者が84件だった。これは、一部でいわれているような「ファイル交換ソフトが音楽の需要拡大に役立つ」という意見に全く反対する結果だ。

 という行です。この利用実態調査は、2002年1月9日から15日までという、ちょうどCCCD導入でレーベルとリスナーとが揉めに揉めていた時期であり、1後段のユーザー層が不買運動へと動き始めた頃です。車載用CDを作成したりマイベストを作成したりするようなヘビーユーザーなのですから、当然CCCDの動向にも無関心ではなかったでしょうし、来るべきCCCD移行への対策を迫られてもいたでしょう。その中には、P2PによるMP3ファイルの入手という選択肢も含まれていた事は、想像に難くありません。自らヘビーユーザーを「違法コピー」へと走らせておきながら、「ファイル交換ソフトは音楽の需要縮小に繋がる」とP2Pを批判するのでは、大手レーベルや日本レコード協会マッチポンプと揶揄されても仕方がありません。
 幸い、CCCDの大失敗で少しは大手レーベルも反省したのか、最近ではエイベックスやソニー・ミュージックエンタテインメントでも大抵のタイトルはCD−DAでリリースしていますし、CCCD時代にリリースされたタイトルも音楽配信サービスでPCやCD−Rにコピーできるようになりました。このユーザー層は、CD−DAでのリリースが再び一般的になり、或いは音楽配信サービスで入手した音楽ファイルからマイベストを作成する事が簡便になれば、自然と消滅していく事でしょう。しかし、先掲ニュースソースのように、またぞろ大手レーベルが自社の利益のみを主張し、コピーコントロールを雁字搦めにするような事があれば、このユーザー層は再びP2Pへと舞い戻ってしまいます。音楽に対する需要が最も強いユーザー層であるだけに、このユーザー層を音楽配信サービスのヘビーユーザーに育て上げられるかどうかが、音楽配信サービス発展の分岐点となる事でしょう。
 因みに、賛否両論の中導入されたCCCDですが、実際には全然「違法コピー」をコントロールできなかったというオチがあります。一部のPC用CD−RデッキではCCCDを普通にCDとして認識できたり、或いは特定のリッピングソフトがCCCDを読み込めたりなどで、CCCDでリリースされたはずのタイトルが即日P2Pコミュニティで流通するのは当たり前でした。一方、CCCDの音質は明らかにCD−DAよりも悪く、一部のカーオーディオやCDコンポなどではCCCDを再生できないなど、「正規ユーザー」に着々と被害者を生み出していました。大手レーベルに、「技術検証」という言葉はなかったんでしょうかね。

○5.フルコーラスでの試聴をしたい

 最後に、こうした類型のユーザー層を紹介しておきます。ともすれば1と重複してしまうユーザー層ですが、気に入った楽曲は後からでもパッケージを購入するという点で、1とは異なります。要は、CDショップなどでの店頭試聴と同じ感覚でP2Pを利用しているユーザー層です。
 このユーザー層は、P2Pの利用に当たっては「質よりも量」です。購入意欲の有無とは無関係に手当たり次第ダウンロードする為、5つのユーザー層の中では最も音楽ファイルのダウンロードが多量になります。ユーザー層としては目立ちにくい存在ですが、P2Pのトラフィック(=大手レーベルにとっての「損害額」)を強く底上げしています。
 それ故、このユーザー層に対しては、P2P取り締まりの効果は殆どありません。P2Pを通じて音楽を聴けなくなったら、単純に音楽そのものを聴かなくなるまでです。このユーザー層は、滝のように音楽ファイルをドバドバ流して、その中から気に入った曲を釣り上げる消費スタイルですから、P2Pに代わる何等かの「滝」を用意しなければ、楽曲購入への動機付けが出来なくなってしまうのです。
 そういう意味で、Yahoo!ミュージックのサウンドステーションは、目の付けどころがシャープでした。

○10万曲が無料――ヤフーが新音楽配信サービス

○「CD店のBGMをネットに」――Yahoo!の無料音楽配信

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0508/31/news025.html

 この中でも、特に慧眼と言うべき部分が、この行です。

 新サービスは音楽と触れる機会を増やし、そこからオンラインのCD販売へ結びつけるマーケティング戦略の一環として考えている。FM放送でも1年間に4万曲しか流していないのに対して、こちらはスタート時から10万曲が用意できている。それだけ多くの機会を提供できるということ。

 インターネット上での無料サービスを如何にビジネスに繋げるかという点で、ヤフーには様々なノウハウがあります。このサウンドステーションにしても、ある意味ヤフーだからこそ出来たものであると言ってよいでしょう。
 そして、「ヤフーはきちんとこのユーザー層のツボを押さえているな」と私が感心したもう1つの行は、これです。

 音楽配信サイトなどでは、曲の一部だけを試聴できることが多いが、サウンドステーションは曲全体の配信にこだわった。「初めて聴く音楽で、一部分だけ聴かされても買おうとは思わない。音楽は1曲丸ごと作品。絵を買うとき、『右半分だけしか見せられないけど買ってください』っていうのはおかしいでしょう?」

 なるほど、このユーザー層がテレビやラジオの音楽番組では満足しない理由がよく掴めました。確かに、数多の音楽番組にしろ、或いは店頭や音楽配信サービスでの試聴にしろ、1曲フルコーラスで聴ける事は滅多にありませんからね。水野有平プロデューサーは、自身も作曲家だけあって、音楽の性質をよく理解しているようです。
 今のところ、このサウンドステーションWindowsInternet Explorerという環境でしか利用できないのが玉に瑕ですが、FirefoxOperaの普及或いはサウンドステーション自体の需要拡大により、利用環境の制約は次第に緩和されていく事でしょう。私も、PCを買い換えてBGMでストリーミングを実行する余力が出てきたら、是非このサウンドステーションを利用してみたいものです。但し、CDの購入はオンラインではなく店頭でする事になりそうですが。



 以上が、P2Pユーザーの主要5類型ですが、これらのユーザー層を音楽配信サービスへと誘導するには、それぞれに適した「飴と鞭」が必要になります。CCCDが登場した当時に比べると、P2Pツールの充実度からもブロードバンド回線の充実度からも、P2Pのハードルは確実に低くなっています。どうせ、P2Pを真っ正面から撲滅しようとした所で、P2Pコミュニティと大手レーベルとの鼬ごっこになるのがオチです。そんな中で、最も不幸な目に遭うのが、P2Pコミュニティからも大手レーベルからも等閑にされる「正規ユーザー」であるのは、言うまでもありません。