五月原清隆のブログハラスメント

これからは、セクハラでもない。パワハラでもない。ブロハラです。

高千穂鉄道に見るルーラル線の限界

 本来ならニュースにカテゴライズすべきなんでしょうが、報道からかなり時間が経ってしまっているので、珍しく鉄道カテゴリーで書く事にします。

高千穂鉄道、台風被害で全面復旧を断念・部分運行探る

高千穂鉄道社長「部分再開も成り立たず」

高千穂鉄道の部分再開・宮崎県知事が不支持を示唆

http://www.nikkei.co.jp/news/retto/20051215c6c1501t15.html

 先週臼杵まで足を伸ばしておきながら、このニュースを知ったのが例によってのぞみくん経由っていうのは、元鉄研*1部員として如何なものでしょうかね。

○神話の神々でも救えなかった高千穂鉄道 Cassiopeia Sweet Days/ウェブリブログ

http://nozomi.at.webry.info/200512/article_12.html

 こんな調子では、なかなか九州新幹線に乗れなくて当然ですね。



 さて、高千穂鉄道の廃止ですが、私は当然の帰結だと思っています。というのも、こんな盲腸線*2を存続しても赤字ばかりが増えていき、唯でさえ高齢者福祉などでアップアップの地方財政にとっては重石以外の何物でもないからです。更に言うなら、これからは「国民皆免許」の世代が高齢者となる事により、地方における鉄道の重要性はますます低くなっていきます。自分自身で自動車を運転できなくなる頃には、最寄り駅まで歩く事もままならなくなりますから、結局は鉄道の出る幕などないのです。
 今回は、台風14号という外因がトドメを刺しましたが、日本にはこの手の存続させても百害あって一利なしの鉄道路線など掃いて捨てるほどあるのです。信楽高原鐵道にしろえちぜん鉄道にしろ、下手に再建させずに安楽死させるべきだったケースは数多く、これらの路線を無理矢理存続させる為に余計な財政負担が発生しているのが現実です。結局、田舎で鉄道を存続させたところで、みんな鉄道よりも遥かに便利なマイカーに流れてしまうのです。私的交通の放棄などという自暴自棄がマジョリティになるのなら、話は別ですが。そう、例えばこの人のように。
クルマを捨てて歩く! (講談社プラスアルファ新書)

クルマを捨てて歩く! (講談社プラスアルファ新書)

 縦しんば、私的交通を公共交通へと誘導するにしても、鉄道はバスに遠く及びません。運行コストは言うに及ばず、信号設備などの保安コストや道床管理などの保線コストといったものも、鉄道の安全運行の為には欠かせません。積雪地帯であれば、除雪コストも馬鹿になりません。信楽高原鐵道京福電気鉄道が正面衝突事故を起こしたのは、経営状況の不振により、安全対策での投資が疎かになっていたからです。継続的かつ十分な安全投資が担保されない限り、鉄道は殺人装置でしかないのです。その事は、106名もの乗客を殺したJR福知山線脱線事故を見れば明らかでしょう。
 はっきり言って、日本のルーラル線など、85%はバスで十分です。バスであれば、必要な安全コストは精々車両管理くらいのものであり、あとは乗務員が飲酒さえしなければ*3、バス会社の出来る安全対策はほぼ完結します。バスが通行する道路は当然ながら国や地方自治体の管理ですし、バス停など立て看板1つで十分用をなします。乗用車やトラックも走る道路を走るバスであれば、わざわざ道路と線路との二重負担をしなくても済むのです。
 強いてルーラル線に存在意義を求めるなら、障害者や高校生などの「交通弱者」保護なんでしょうが、これとてオンデマンドバスやスクールバスの方が鉄道よりも優れています。鉄道よりもオンデマンドバスの方がよりきめ細やかな路線設定が出来ますし、スクールバスであれば学校行事に応じた柔軟なダイヤ設定が可能です。障害者輸送にしろ高校生輸送にしろ、大都市であれば「他の旅客の序でに」輸送する事も出来ますが、地方中小都市ともなれば、「障害者や高校生の為に」列車を走らせるなどという本末転倒となってしまっています。いい加減、低イールドの輸送需要*4を鉄道に押し付ける事はやめるべきでしょう。

【2005-12-17 追記】
 そういう意味で、このブログは読む価値ありです。

○日本の道を診る: 高千穂鉄道は一日も早く廃線、取り壊しすべきだ

http://traffic439.seesaa.net/article/10214643.html

 「鉄道を廃止しろ」というと、得てして環境ブサヨクが「鉄道を廃止するくらいなら、自動車の所有や使用を規制しろ」などと噛み付いてくるものですが、環境効率という点では、ルーラル線に限れば、バスの方が鉄道よりも上です。鉄道の環境効率が優れるのは、あくまでも大量輸送に限った話であり、1列車に5人か6人くらいしか乗客がいないようなルーラル線であれば、小回りの利くコミュニティバスにした方が、幾ばくか環境負荷も少なくなります。
 自動車のエンジンは、オイルショックや公害訴訟などの影響もあってか、燃費や排ガスというものに非常にセンシティブです。特に、原油の輸入依存度がほぼ100%であり、人口密度も非常に高い日本においては、自動車用エンジンの技術革新は目覚ましいものがあります。しかし、鉄道用エンジンの技術革新となると、特に環境性能に限ってみれば、実にお粗末な水準です。「鉄道は環境に優しい」などという固定観念に胡座を掻いた結果です。
 どうやら、環境ブサヨクのオツムは「道路=悪」「自動車=悪」というステレオタイプで出来ているようですが、いい加減その固定観念こそが環境破壊を招いているという事に気付くべきでしょう。オーバースペックこそ、最大の無駄遣いである事を知るべきです。そして、尽くオーバースペックに陥っているのが、日本のルーラル線なのです。

*1:言わずもがな、鉄道研究部の事です。何だかんだで、私は中高大と鉄研に所属していた事があります。それが、今や完全に空の人ですからね。JALばかり乗っていると落研とか言われそうですが。

*2:我がATOKは、これを「もう朝鮮」と変換してくれました。確かに採算悪そうですね。

*3:と言いつつも、実は意外と乗務員の飲酒運転が後を絶たないようで。バスに乗るのも命懸けですね。

*4:抑も、通学定期だの学割だのといったもの自体、本来は鉄道会社ではなく学校(或いは教育予算)の負担とすべきであり、その割引率は学校や自治体の裁量とすべきなのですが、それはまた別件ですね。