五月原清隆のブログハラスメント

これからは、セクハラでもない。パワハラでもない。ブロハラです。

羽越本線脱線事故に見る鉄道版METARの必要性

 さて、事故発生から4日経ったいなほ14号脱線事故ですが、現場検証が進むに連れ、今回の事故では「突風」というキーワードが焦点になりつつあります。

○脱線原因は突風が濃厚 線路、車両に異常見られず

○「突風で脱線」強まる 山形の事故 線路大きな損壊なし

○鉄橋下からも強風?事故調が風速など調査

○橋梁通過180mで脱線?レール固定ボルトに傷

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20051227it13.htm

 これにより、今回の事故を人災と捉える向きも、単なる現場職員のオペレーションミスを追及するのではなく、JR東日本が企業として突風対策を怠っていなかったかという事を中心に見るようになっています。

羽越線の脱線現場、3年半で強風規制98回

○3年半で運転規制98回 JR東日本、強風で

羽越線事故 飛んだ電車に深まるナゾ

http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20051228/mng_____tokuho__000.shtml

 私は、今回の脱線事故については、JR東日本に無過失責任或いは結果責任があったとしても、過失責任を追及するのは難しいのではないかと思っています。というのも、突風による脱線転覆自体が極めてレアケースであるが故、鉄道運行における突風対策が未熟であるからです。ましてや、今回のようにピンポイントで吹き上げてきた突風を観測する事など、現在の科学技術では凡そ不可能でしょう。
 今回の脱線事故ケーススタディとして、これから様々な突風対策が研究・提案されていく事になるでしょうが、そこで参考にすべきものが1つあります。それは、現在航空機の運航に用いられている定時航空気象実況、所謂METAR*1です。航空機は、発明の当初から、その運航は風との戦いでした。1903年12月17日にライト兄弟が人類初の有人動力飛行に成功してから100余年が経ちますが、その間に航空業界が得てきた風に関するノウハウは、必ずや鉄道の安全運行にも少なからず貢献する事でしょう。



 METARとは、基本的に飛行場周辺の気象実績情報*2です。大抵の飛行場においては、定期的にMETARを発表していて、一般人もICAO空港コードさえ分かれば簡単に入手する事が出来ます。

○METAR Data Access

http://weather.noaa.gov/weather/metar.shtml

 例えば、今回の事故現場から10kmと離れていない所に庄内空港がありますが、執筆時点での最新のMETARは以下の通りです。

RJSY 281000Z 30016G27KT 9999 FEW030 BKN050 01/M05 Q1023

 これをどう読むのかについては、以下のサイトを参考にして下さい。

中部航空地方気象台−観測業務−METAR解説−

http://www.tokyo-jma.go.jp/home/chubu/metar_1.htm

 更に詳しく勉強したい向きは、以下の英語サイトが参考になるでしょう。

○AVIATION ROUTING WEATHER REPORT (METAR)

http://www.met.tamu.edu/class/METAR/metar.html

 上記METARで、風に関する情報は、「30016G27KT」の部分です。これがどのような意味かというと、

  • 磁方位300度からの風
  • 平均風速16ノット(≒風速8.23メートル)
  • 最大瞬間風速27ノット(≒風速13.89メートル)

 といった感じです。ここでの重要なポイントは、突風(Gust)の情報が入っているという事です。突風情報は、最大瞬間風速が平均風速を10ノット以上上回る場合に付加されますが、突風情報がMETARに含まれるのは、それだけ航空機の運航に大きな影響があるからです。航空機にとって、突風は離着陸の失敗、つまり墜落事故に直結する危険性があるものなのです。
 それ故、航空機の操縦士は、離着陸の前後や巡航中などにおいて、常に風向・風速及び突風の情報を注視しています。風向や風速は時々刻々変化する上、その僅かな変化でさえも航空機の運航に大きな影響を及ぼすのですから、風の情報は航空機の操縦士にとって命とも言うべきものなのです。

○空港裁判控訴審パイロット陳述書

http://www.warp.or.jp/~judypapa/stskuptin173.html

 上記の陳述書は、神戸空港訴訟に絡む反対派の意見なので、ある程度その内容を割り引いて捉える必要がありますが、横風に対する操縦士の緊張感を知るには格好の資料でしょう。



 翻って、鉄道の運行現場においては、突風を含む風向・風速の情報は余り入手も重要視もされていません。関西国際空港連絡橋や瀬戸大橋、余部鉄橋など、常日頃横風の影響を受けているような区間においては、そこそこ風向・風速の情報や記録は充実していますが、これが山手線や小田急線などといった通常の鉄道ともなると、抑も風向・風速の観測すらしていない例が殆どです。それ故、強風や突風による運転規制は、沿線での実測値ではなく、地域的な気象実績・気象予報に頼る事となってしまうのです。
 とは言っても、この事について、一概に鉄道関係者を責める事は出来ません。というのも、風向・風速によって離着陸方向や飛行高度を変更できる航空機とは異なり、鉄道には経路設定の自由度は皆無だからです。線路の上しか走らない鉄道という交通機関は、操縦の容易さや保安設備の高度さという部分において他の交通機関に優越しますが、逆に言えば、鉄道車両は線路上でのトラブルやアクシデントについてほぼ不可避なのであり、しかも一度線路を逸脱してしまうと最早立て直しは出来ないのです。鉄道の場合、強風や突風への対策は、実質的に「ゴーorストップ」の判断のみであり、その停車時においてすら、突風に遭遇してしまえば、脱線・転覆の危険性は十分にあるのです。
 しかし、だからといって、鉄道関係者が強風や突風に対して無為無策である事が許されるはずもなく、実際に鉄道総合技術研究所鉄道総研)ではこんな研究がなされています。

○風速変動の統計的な特性と今後の運転規制への展開

http://www.rtri.or.jp/infoce/getsurei/2004/Getsu12/g175_5.html

 この研究内容は、今回のいなほ14号脱線事故そのものとも言うべきタイムリーな内容ですが、上記研究によると、瞬間風速25m/sを観測していない状態で以降10分間に瞬間風速が30m/sに達する確率は1/5000です。この確率を高いと見るか低いと見るかは別途議論が必要でしょうが、「五感を鋭敏にして」云々の精神論ではなく、こうした確率論から運転規制の妥当性を論じなければ、事故に対する論説としての意味はないでしょう。毎日新聞、アンタだよ、アンタ。

○社説:特急転覆 安全管理で浮ついてないか

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20051227k0000m070155000c.html

 「鉄道関係者の常識」なんて言葉を使いたいんなら、先ずは数字を出すべきでしょう。運行現場は、常識ではなく数字で動いてるのですから。



 とまれ、幾ら鉄道総研が強風や突風の研究を積み重ねた所で、それが現場にフィードバックされなければ、意味がありません。そう考えた時に、鉄道における気象観測の現状は、実にお寒い限りです。風速変動に関する一般式は、インプットとなる実測値が多ければ多いほど、その精度も高くなっていくのです。
 今回の脱線事故の原因を気象観測体制の不備に求めるのであれば、その対策としてより多くの気象観測装置を設置する必要が出てきます。橋梁やトンネルの前後は言わずもがな、キロポスト毎にMETARと同制度の気象観測をするくらいでなければ、1/5000という確率の壁を越える事は出来ないでしょう。当然ながら、線路脇での静的観測だけでなく、各列車による動的観測というものも求められるようになります。航空機に比肩する安全性を求めるのであれば、これだけの設備投資を経て、漸く同一のスタートラインに立てるくらいなのです。
 しかし、全キロポスト・全列車に気象観測装置を搭載するとなると、その費用も絶大になります。JR東日本東京急行電鉄といった大企業ですら、全キロポスト・全列車を網羅する事は非常に困難でしょうし、地方中小私鉄や第三セクターともなれば、新規に気象観測を購入する事すらままならないでしょう。ここで、国や地方自治体が何処まで気象観測体制の充実を補助すべきかという問題も出てきますが、国家財政や地方財政が逼迫している事を考えれば、十分な補助などとても望むべくもありません。結局、安全対策に関しても、ルーラル線は切り捨てられる運命にあるのです。
 取り敢えず、気象観測体制充実の第一歩として、JR各社及び大手私鉄の全列車に対して、気象観測装置や速度観測装置を含んだドライブレコーダーの搭載を義務付けるべきでしょう。JR東日本の特急列車でも速度観測装置さえ搭載していないという現状は、事故発生の有無を抜きにしても、気象災害の多い日本においては余り誉められたものではありません。

○山形・羽越線特急脱線 速度記録装置載せず 原因解明に障害

http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200512270012a.nwc

 例によって、この分野の投資も、所謂「ブラックボックス」の搭載が義務付けられている航空機に比べると、鉄道の水準は著しく劣ります。国土交通省は、JR福知山線脱線事故を受けて、鉄道車両に走行記録装置の搭載を義務付ける事を検討しているようですが、今回のいなほ14号脱線事故により、その義務化の必要性が一段と高くなったというべきでしょう。

○2次衝突防止策求める 国交省 : 尼崎・脱線事故 : 特集

http://www.yomiuri.co.jp/features/dassen/200509/da20050907_03.htm

 北側一雄国交相には、今度こそシンボルロックではなく実のある対応をお願いしたいものです。

*1:METeorological Aerodrome Reportの略です。

*2:つまり、METARは天気「予報」ではないという事です。METARに相当するような天気予報としては、TAF(飛行場予報)があります。