五月原清隆のブログハラスメント

これからは、セクハラでもない。パワハラでもない。ブロハラです。

国土交通省のお門違いな横槍

 さて、時宜に遅れた話ではありますが、予定外に時間が発生したので、少しこの問題に触れておきたいと思います。

日航の安値攻勢にクギ 国交省が異例の文書で指導

http://easyurl.jp/znaウェブ魚拓+EasyURL)

 どうやら、国土交通省の念頭に置かれているのは、この辺の運賃のようです。

JAL国内線 - バースデー割引(割引運賃のご案内)

JAL国内線 - スーパー先得(割引運賃のご案内)

http://www.jal.co.jp/dom/waribiki/s-sakitoku.html

 特に、会社更生手続開始後に復活を発表したバースデー割引への反感が強いらしく、一部報道ではこの運賃が名指しでダンピングだと指摘されている有様です。それだけ、国土交通省マスゴミの関心が日本航空の経営再建問題に向いているという事なのでしょうが、元々バースデー割引を使っていた人間としては、どうもこの文書には違和感を感じざるを得ません。



 古くからブロハラを読んでいる諸兄ならご存知だとは思いますが、このバースデー割引は、抑も2001年5月からJASが導入した運賃にJALANAが追随したものです。

日本エアシステムニュース - 平成13年度上期の国内線運賃を届出

http://www.jal.com/ja/jasnews/h13-4-9.htm

 この当時は、日本全国1万円ポッキリ*1でしたから、東京=石垣が2万円もする現在からすると隔世の感があります。しかし、当時はANA超割も「全便全席1万円」と謳っていた時代であり、「航空自由化」という大義名分の許、かなりのダンピングが許容されていました。その後、米国同時多発テロSARS不況などを経てこうした割引運賃はかなり整理され、先得割引に吸収される形でバースデー割引は2006年度を以て消滅する事となりました。
 今回、3年振りにバースデー割引が復活する運びとなったのですが、細部には色々と変更点があります。

  • 改善点
    • 予約期限が搭乗日の21日前に戻った。*2
    • 同行者を5名まで設定できるようになった。*3
    • 夏季の利用制限期間が短縮された。*4
  • 改悪点
    • 沖縄方面を中心に運賃相場が上がった。*5
  • 変更なし
    • 販売座席数に制限あり。
    • 当日空港での前便振替可。

 JALの経営問題と絡めてバースデー割引を検証する際に注視すべきは、「運賃額」「設定期間」「設定座席数」の3点です。これをそれぞれ検証してみると……

運賃額
先得割引よりは安いが、往時のバースデー割引・バーゲンフェアや現在の個人包括旅行割引運賃(IIT)の相場とは同等若しくはそれ以上であり、「売れば売るほど赤字」とまでは言えない。
設定期間
ゴールデンウィークこそ含まれているものの、夏季の多客期は設定対象外となっており、「普通運賃での売り上げが期待できる期間での販売額の減少」にはそれほど繋がらない。
設定座席数
各路線・各便とも大幅な制約があり、需要の高い路線や時間帯における売上高を大きく毀損するまでには至っていない。

 ……と、どれもJALの経営再建を根幹から揺るがすとまでは言えない程度のものです。これは、JALバーゲンフェア時代からずっと同じ事なのですが、所詮バーゲン型運賃なんてのは単なるアドバルーンでしかなく、利用者にしてみれば「ダンピングで競争環境悪化」なんて事よりも「折角なので乗ってみようと思ったら満席だった」という事の方が余程心証を損なうというものです。



 もっと言うならば、1万円を切らない運賃でダンピングと言われてしまう今の日本が異常なのであって、本来はライアンエアーエアアジアくらいの運賃で初めてダンピングと言われるべきなのです。例えば、ライアンエアーはロンドン→ベルリンが片道5ポンド*6ですし、エアアジアシンガポール→クアラルンプールが5シンガポールドル*7ですから、物価水準の差を十分に斟酌した上でなおダンピングとしか言いようのない運賃です。勿論、これらの運賃には色々な制約がありますし、利用できる空港やその施設、或いは機内サービス等でレガシーキャリアに比べれば劣る部分もあります。しかし、JALのバースデー割引復活くらいに目くじらを立てる国土交通省にしてみれば、正に別世界の話でしょう。
 日本でこうしたダンピング運賃、或いはそれを行う航空会社が出て来ない理由は実に簡単、最大の需要地である首都圏に高くて混んでいる空港しかないからです。羽田空港や成田空港の公租公課は世界で最も高い水準ですし、他の空港を利用しようにも、抑も首都圏から利用可能な民間空港自体が存在しません。今年になって漸く茨城空港が開港しますが、国内線に限って言えば搭乗便のブロックタイムよりも茨城空港までのアクセスタイムの方が長くなるという為体で、既に羽田空港の発着枠を持つ航空会社が移転するメリットは殆どないと言うべき状態です。
 これでは、320円だの700円だのといったダンピング運賃は勿論の事、サウスウエスト航空のように59ドル運賃を設定する事すらままなりません。自力では絶対に軽減不可能なコストである着陸料や航空機燃料税が軽減されない限り、航空運賃が現在の相場から大幅に下がる事はないでしょうし、そんな事があればそれこそ市場の競争環境を歪める結果となってしまいます。ドールキャピタルマネジメントがスターフライヤーで失敗して以降、日本でのLCC起業を支援しようとする海外投資家が現れていないのは、日本ではLCCは成功し得ないと海外投資家の誰もが日本の航空行政に諦観を抱いているからでしょう。
 となると、航空運賃の引き下げに一役買うべきは、「日本版LCC」とでも言うべき新幹線なのですが、JR東海にしてもJR東日本にしても多額の国鉄債務を背負わされていますから、そう易々と運賃を引き下げる事も出来ません。また、東海道新幹線に至っては、わざわざプロモーション運賃を設定するまでもなく、割高な普通運賃でも満席になるくらいの高需要なので、運賃引き下げ圧力自体が全然掛からない状態です。そして、国に全然期待していないJR東海が自力でのリニア建設に着手してしまえば、運賃値下げの日は益々遠退いてしまいます。
 結局、航空運賃が下がらないのもLCCとしての新幹線運賃が下がらないのも、本を正せば運輸業者が過去の交通政策失敗のツケを払わされているからなのであり、1万円程度の運賃でダンピングと言われてしまうような市場環境を構築してしまった交通行政にこそ問題があるのです。国土交通省JALに文書警告するなど、天に向かって唾を吐くが如き愚行です。そんな文書を出す暇があるのなら、羽田空港を発着する航空会社の負担軽減策の1つや2つでも考えるべきです。それこそが、真に競争環境の健全化を齎すというものです。

*1:おまけに、当時は航空保安特別料金や燃油特別付加運賃、空港施設使用料などもなかったので、本当に額面通りの1万円でした。

*2:一時期、バースデー割引の予約期限は搭乗日の28日前までに設定されていました。

*3:昔のバースデー割引では、同行者の上限は3名でした。

*4:以前は、8月1日からブラックアウトしていた為、8月上旬に誕生日を迎える人も海の日3連休バトルに参加してくる事がありました。

*5:以前は、近距離路線以外はJTA本土路線を含め12,000円均一でした。

*6:2010年2月15日時点の為替レートで約700円です。

*7:2010年2月15日時点の為替レートで約320円です。